2009年10月25日日曜日

ヘレンとアトランチス ACIM Urtext 拾い読み

Urtext 見てたらアトランチスが出てきました。T 1 B 41aa. より

Your earlier acute problem in writing things down came from
a MUCH earlier misuse of very great scribal abilities.
These were turned to secret rather than shared advantage,
depriving it (?) of its miraculous potential, and diverting it into possession.
This is much like the confusion of sex impulses with possession-impulses.
Some of the original material is still in the Temple.
This is why you became so afraid about Atlantis.

あなたの初期の[若いときの?]ひどい問題(物事を書き留めることに関する)は
非常に偉大な筆記能力のきわめて初期の誤用に由来したものだ。
これら(筆記能力)は公共の利益よりも秘められた事柄に向けられて、
それ(公共の利益?)からその奇跡的な力を奪ってそれを所有へとそらした。
これは性衝動を所有衝動と混同することによく似ている。
オリジナルの素材のいくつかは未だに神殿の中にある。
あなたがアトランチスについて強い恐れを抱くようになったのはこれが原因だ。

(?)はitをabilityとするとabilitiesと数が一致しないから入っているらしい。shared advantage をさすと考えれば文法的には問題ないがどうでしょう?
そうすると miraculous potential は great scribal abilities の言い換えとなるでしょうか。

2009年10月20日火曜日

ヘレンの速記ノートから分かること

ACIM の各バージョンを比較しているといろんな発見があります。Workbook に打ち込んで内面的な発見があればいいのですが、どうも気がつくのは些細なことばかりです。

ヘレンの速記ノートとUrtext を比べていると、強調点が不注意によって消えたり、強調する場所が変わっていることがあるのに気がつきます。特にノートからUrtext の段階で誤りが生じた場合は「親亀こけたら皆こけた」でミスがそのまま後のヴァージョンに引き継がれてどんどん分からなくなっていくようです。

T 1 B 9. Miracles are a kind of exchange. Like all expressions of love, which are ALWAYS miraculous in the true sense, the exchange reverses the physical laws.

T 1 B 10. A miracle is a reversal of the physical order because it brings more love to the giver and the receiver. 「奇跡は物理的秩序をひっくり返す。なぜならそれは与える者受取る者により大きな愛をもたらすからである。」

Miracles are a kind of exchange. Like all expressions of love, which are ALWAYS miraculous in the true sense, the exchange reverses the physical laws. They bring MORE love both to the giver AND the receiver. (HLC)

T-1.I.9. Miracles are a kind of exchange. 2 Like all expressions of love, which are always miraculous in the true sense, the exchange reverses the physical laws. 3 They bring more love both to the giver and the receiver. (FIP2nd)

T 1 B 9 と T 1 B 10 の二つを一つにしてHLC の形になり、一つの強調点を失ってFIP版になっています。速記ノートでは強調はアンダーラインで示されており、Urtext ではそれを大文字でタイピングして写しています。小文字のand の下のアンダーラインは手書きで入っており、おそらく読み返してチェックしたときに見落とした強調を書き加えられたものでしょう。ノートと比較してみると見落とされてそのまま失われてしまった強調も結構あります。

HLC では同じく大文字で強調を示しており、FIP ではイタリック体で示しています。ここで注目していただきたいのはAND の強調なのですがどういう意味なのか分かるでしょうか?何かすっきりしない感じがしないでしょうか?それではノートを見てみましょう。T 1 B 9. は強調点がアンダーラインで示されている以外Urtext と変わりません。

T 1 B 10. A miracle is a reversal of the physical order because it brings more love to the giver and the receiver.

ノートでは強調点が giver になっています。これなら分かります。物理的な法則では与える者は与えることによって失います。しかし愛の表現である奇跡は与えることによって失われるのではなく増し加えられるのです。逆さまというのはここですね。強調点が両者の関係にあるなら、与えた方が得て受け取った方が失うことにならないと、法則がひっくり返ったことになりません。そう考えるとHLCはさらに both を付け加えることにより強調の焦点を分からなくしています。AND に強調があるのでつい both を挿入してしまったのでしょう。

ACIM の単語の強調の仕方は正直言ってニュアンスがよく分からないことが多いですが、単なる写し間違えが原因の場合もあるようです。

最初 Doug Thompson はノートのアンダーラインの強調をそのまま小文字にアンダーラインで転写していましたが、後にUrtext と同じように大文字で転写したテキストで発表するようになりました。どこか校訂の過程で変わったことがないか比較していたら、一人称の I のアンダーラインの強調が見えなくなっているところがありました。

ノートで you と I が強調されている文章があります。最初の転写では両者ともアンダーラインがあるので強調されているのが分かるのですが、強調を大文字にすると you は YOU で分かりますが I は I のままでアンダーラインが消えるため強調されているのかいないのか、見分けがつかなくなってしまったのでした。これでは せっかくのe-text が出来ても確認のためにまた速記ノートを見なければなりません。強調一つとっても、そのやり方を変えるだけで失われるものがあるということでした。

2009年10月19日月曜日

ACIM Scholar's Toolbox の相互参照の仕方について

Doug Thompson のScholar's Toolbox を使ってどうやって相互参照できるか簡単な実例をあげてみます。online 版はここです。http://www.miraclesinactionpress.com/dthomp74/2008/index.htm

ほとんどの機能はオンライン上で仕えるようになっています。DVD版は$24で手に入れることができますが、ファイルはWeb上で更新されていることがあるので、時々チェックして新しいのが出ているのに気づいたら差し替えると良いでしょう。但しファイル名は変わらないので、PDFであればプロパティで更新日時を確認する必要があります。HTMLファイルなどはそのやり方ができないのでちょっとやっかいですが、バージョン番号が記されていたらそれを参照するか、エディタで差分を確認すればいいでしょう。

気になる箇所を各バージョン間で比較するのに便利なように、参照用の番号が振ってあるのでまずその Referencing System を理解しなければなりません。最初にVolume がアルファベット一字で示されています。Text は T、Workbook はW で同様に、M・U・T・S・G が用いられます。次にText であれば章が数字で表され、セクションはアルファベットでA・B・C…と示され、パラグラフは数字で示され、センテンスは番号がありません。

The Urtext Manuscripts in Seven Volumes (e-text) のText部分を例にすると本文自体はT 14 B 12 の様に示されています。この箇所を実際のタイプ原稿で確認するには本文の中に埋め込まれている太字の頁番号を参照します。今のT 14 B 12であれば段落の最後に T(544)-371- と太字で示されているのが原稿の頁番号で、これ以降が T(544)-371- になります。ということはその前の T(543)-370-T 14 B 12 の頁番号になります。T(543) というのは原稿に振った絶対番号です。元々の原稿にも頁番号が振ってありますが番号が抜けたり、途中から新しく番号が始まったりするので参照用に新たに付けられたもので、この番号で原稿のPDFファイル(Urtext Manuscript facsimiles)を開くことができます。- で挟まれている番号はオリジナルの原稿字体についている番号です。オリジナルの頁番号なので必ずしも連番にはなっていない場合もあります。中には頭にアルファベットの C ではじまる番号がありますがこれはオリジナルに書き込まれた頁番号が円で囲まれていることを示しています。まだ書籍化された本文やe-text に誤植や脱落のある可能性があるので疑問があればこの頁番号を参照してfacsimile の PDF を見ることになります。

Urtext に問題があればヘレンの速記ノートを参照することになりますが、そのための番号は章やセクションのタイトルの横に示されています。T 14 B 12 であれば T 14 B のタイトル Guilt and Guiltlessness の横に(Notes 1198 9:35) とあります。最初の1198がノートの通し番号で9:35とあるのはノートのVol.9の35頁ということを示しています。これを手がかりに Shorthand Notes manuscript facsimile 1 1a Text - NOTES v2.pdf か E-text 1b TEXT NOTES E-TEXT ch 1 2 31.pdf を開きます。facsimile 版のPDF は2頁分の画像が1頁に編集されてあるので599頁を見れば T 14 B の冒頭部分が現れるのでそこから目的の段落まで追ってゆきます。E-text 版はPDFのしおりから見てゆくのが良いでしょう。Web上で利用できるノートの facsimile 版 PDF は画像が圧縮されて細かいところが確認できません。高解像度版のPDFを利用したければ、Scholar's Toolbox のDVD を購入すればそのルートディレクトリの \The Book menu_files\PDF BINDERS フォルダの中にVolume ごとの高解像度PDFが入っているので利用することもできます。(DVDのメニュー上からはリンクが間違って切れています。無圧縮のオリジナル・イメージファイルではありませんがこれでたいていのことは確認できると思います。)

structure の意味について

ACIM のワークブックをやると最初はかなり自由にできるのですが、途中からかなり時間の間隔などの取り決めがされて、負担がかかる訓練になってきます。

その始まりはLesson20で "This is our first attempt to introduce structure." とあります。

それで、"structure" を日本語にすると何になるだろうと考えるとなかなかいい訳語がないんですね。用例と田中訳を見てみましょう。

W 20 L 2. This is our first attempt to introduce structure. Do not misconstrue it as an effort to exert force or pressure. You want salvation. You want to be happy. You want peace. You do not have them now because your minds are totally undisciplined, and you cannot distinguish between joy and sorrow, pleasure and pain, love and fear. You are now learning how to tell them apart. And great indeed will be your reward.

「これが、組織立ったやり方を導入する最初の試みである。それを、無理強いしたり圧力をかけたりしようとしているのだと誤解しないように。あなたは救いを望んでいる。 幸せになりたいと望んでいる。平安を望んでいる。今のところ、そうしたことは自分のものとはいえない、なぜならあなたの心は全く訓練されていないので、喜びと悲しみとか、楽しいことと苦しいこととか、愛と恐れとか、こうしたことの区別ができないからである。どうすればその違いが分かるか、いまからそれを習うところだ。そしてあなたが素晴らしいほうびを手に入れることは確実である。」

W 95 L 6. Structure, then, is necessary for you at this time, planned to include frequent reminders of your goal, and regular attempts to reach it.

「とすれば、この時点であなたに必要なのは、自分の目標をたびたび思いだし、定期的にそれに達しようと試みることを組織立てて計画すること。」

W 95 L 7. Using the first five minutes of the hour will be particularly helpful, since it imposes firmer structure.

「一時間の 最初の五分間を使うことは特に助けになる、そうすることでより確実に時計の長針が十二を指すたびにするだろうから。」

なかなか上手に訳してありますが、これを見ると structure は組織だったエクササイズのやり方であると同時に、それによって身につくものという側面(W95L7の用例より)もあるようです。それでその自分に身につく方の structure に良い訳語はないものかと思うのですがなかなか思いつきません。英英でみると system とか framework というのが近いでしょうか。ソフトを開発している知人は「構造体」と答えてくれましたがどうでしょう。何かしつけによって身につくもののような言葉が欲しいのですが…

ヘレンのノートを見ていたらACIMの口述が始まった最初の日にこのstructure が出てきて驚きました。

Please read these three points ((with corollaries)) as often as you can today, because there may be a quiz this evening. This is merely to introduce structure, if it is needed. It is NOT to frighten you.

「この三つの点を((推論しながら))今日できるだけ読みなさい。というのも今晩小テストがあるだろうから。必要であるなら、これは単に structure の導入にすぎない。あなたを脅しているのでは無い。」

この三つの点というのは奇跡の原理の1~3のことです。小テストというのはユーモアでしょうか。

Longman Advanced American Dictionary の用例を見ているとこれなんかニュアンスが良く出ていると思います。

4 [C, U] the condition of having ideas, activities etc. organized and planned ◇As I was growing up, Mom gave me structure and sense of responsibility. 成長するにしたがってママは私に structure と責任感を与えてくれた。

インターネットで検索しているとまさにここのところを解説しているところがありました。大学の先生が難しいというのだから私も安心して難しいと言うことにしましょう。下に引用しておきます。

---------------------------------

http://www.asahi.com/english/weekly/1111/05.html

Q&A 英語の質問箱

東洋大学教授 赤須薫

Q:5月27日号のAnnie's Mailbox「育児ストレス状態の母親」の第2段落、下から2行目にChildren need structure and stability. という文がありますが、この中のstructureとはどういう意味ですか。

A:Longman Advanced American Dictionary(日本語のタイトルは『ロングマン現代アメリカ英語辞典』)という辞書を見ますと、structureという見出し語の4番目の語義に次のような定義が出ています:the condition of having ideas, activities etc. organized and planned. これが一番近いのではないかと思います。この語義に出てくる用例はAs I was growing up, Mom gave me structure and a sense of responsibility.となっています。この用例のstructureは、問題の文に登場するstructureと同じ意味だと思います。

意味としては、「礼儀作法・常識などが身について、それらがうまく働くようになっている状態」を指していると思います。考えてみますと、ここでのstructureに当たる適当な日本語をうまく見つけるのが結構難しいような気がしました。

ひとつの候補として、「しつけ」というのがあるかもしれません。ただし、ひとつ注意したいのは、「しつけること」を指すのではなく、「しつけなどによって、結果として生じる(望ましい)状態」を指しているということです。「あの子はしつけがなっていない」などと日本語で言いますが、そのような場合に使われる「しつけ」に大体相当するような気がします。

ちなみに、Children need structure. という表現は「子育て」およびその関連の本などによく登場する表現です。

ヘレンの速記ノートのe-text版(Text部分)が発表される!!

A Course in Miracles のText の部分のe-text版PDFが発表されました。これまでは1~8章と31章の部分だけしかe-textになっていませんでしたが、これでヘレンのノートもかなり簡単に利用できるようになります。

URLは下記のDoug Thompson の Scholar's Toolbox の中です。

http://www.miraclesinactionpress.com/dthomp74/2008/TOOLBOX/Menus/topmenu2.htm

Now Available!! (9th October 2009) the searchable TRANSCRIPT of Text volume of the Shorthand Notes (first draft for proofing)

click here for the PDF file (10 Mb)

(first draft for proofing) とあるので完全な校訂版へのたたき台という位置づけです。ノートでは強調はアンダーラインで示されていますがその部分は大文字にされています。Urtext にある箇所は普通の活字体で、Urtext に採用されていない箇所は太字 Bold で示されています。判読できない字は?になっています。

これまでノートは気になる部分を部分的に見ていましたが少し頭から読んでみて面白いことに気づきました。

text の冒頭のまるで格言のように格調高いイントロダクションの部分ですが、最初からこんなに整えられていたわけではなくて、声(イエス)とヘレンの対話を抜粋して構成されているのです。

ノートのテキスト部分は1965/10/21の「あなたは自分の手を通して私による奇跡を見るだろう」 "You will see miracles through your hands through Me." で始まり、すぐ奇跡の原則1が続きます。そして間に奇跡の原則の解説などを挟みながら、奇跡の原理の口述が続きます。そしてまるでイエスとヘレンが対話するかのように冒頭の一節の元になった部分が口述されています。

ビルはこのコースをやりたいと思わないだろうし、自分もやるのはどうもという感想の後で、「ともかく、どうもこのコースは選択科目のようだわ」"Anyway, presumably this Course is an elective." というヘレンに対する答えがその部分になっています。

NO IT ISN’T. It’s a definite REQUIREMENT. Only the time you take it is voluntary. Free will does NOT mean you establish the curriculum. It only means you elect what to take WHEN.

「それは違う。これは要求されるものとして確定している。それを取る時間だけが自由にできる。自由意志はカリキュラムの制定にはふくまれない。それが意味するのはあなたの取るべき時を選択することだけである。」

最後の "It only means you elect what to take WHEN." は文章として難解ですが、HLC は "It means only that you may elect what you want to take at a given time." に、FIPは "It means only that you can elect what you want to take at a given time." に書き換えています。これだと与えられた時間のなかで取るものを選択できることになるのですが、それでは取るものとは何か腑に落ちませんでした。

ノートに遡ると "at a given time" がもともと "WHEN" であって、それをパラフレーズしたものであることが分かります。 "what to take WHEN" では読めませんのでシェークスピア期の英語の分かる人に聞いてみたいところですが、「どれを取るかというその時」と解釈して上のように訳してみました。 "Only the time you take" と take の用法も一致しますし、意味的にも素直に理解できると思います。 ヘレンがコースを選択科目のように取るのも、取らないのも自由だという考えに傾いたときのイエスの答えとしてふさわしいのではないでしょうか?

2009年9月29日火曜日

Helen Schucman 速記記号一覧表


どこかで見たはずだと探してみましたが、見つけ出すのに苦労しました。
また忘れることのないようにここに置いておきます。
もともと下の Helen’s Shorthand Glyph Chart ところにありました。
http://www.miraclesinactionpress.com/dthomp74/2008/TOOLBOX/Menus/The%20Scholar%20docsmenu1.htm

The Annotated HLC


Miracles in Action Press のA Course in Miracles The Hugh Lynn Cayce Manuscript の 2nd Edition を入手しました。1st Edition の Corrected HLC に対して Annotated HLC と呼ばれています。PDF の e-text も公開されています。

http://www.miraclesinactionpress.com/dthomp74/2008/index.htm

ここの "5) The Annotated HLC (e-text)" のところです。

印刷された本は2段組、PDFの方は1段組ですが、内容は同じです。Corrected HLC から変わっているところは、校訂するときにヘレンの速記ノートを参照していることで、注などにそれが反映されています。例えば第6章の冒頭ですがHLCのタイプ原稿は次のようになっています。

Anger cannot occur unless you believe that you have been attacked; that your attack was justified; and that YOU are in no way responsible.

FIP版は次の通りです。

Anger cannot occur unless you believe that you have been attacked, that your attack is justified in return, and that you are in no way responsible for it.

Corrected HLC の注を見るとこうなっています。

Ur uses commas instead of the semicolons (correctly in our view, as does FIP) but is otherwise the same as the HLC manuscript.
The problem of course is that we don’t get angry when we believe we have been attacked AND that the attack on us was justified! We get angry when we feel we have been UNJUSTLY attacked. We could just change “justified” (capitalized in the Ur) to “unjustified” and largely solve the problem. FIP’s solution, to change this sentence to refer to a counter-attack corrects the
obvious ill-logic but at the expense of the probable meaning. The counterattack is referred to later in the paragraph as the logical consequence of these three premises. It makes no sense at all to have the logical conclusion as a premise. Further, in the original the “responsibility” relates to the attack, and after FIP’s modification, the responsibility shifts to the counter-attack.
We agree with FIP that there is a problem, but we do not agree with FIP’s resolution of it. It seems far more likely that “unjustified” was mistakenly turned to “justified” and what is “unjustified” of course is the “attack” one believes one has been subjected to by one's “attacker.”!
Since we don’t have access to the original Notes to check this, we have made our best guess, and have added a few letters in brackets to clarify what appears to us to be the intended meaning:

Corrected HLC では、オリジナルのセミコロンはFIPと同じくコンマに変更しています。しかし、より重要な問題は、攻撃されて、しかもその攻撃が正当であるとき、私たちは怒らないのではないかということです。この問題点を解決するためにFIP版は正当化されるのは攻撃した相手に対する反撃にしました。それに対して Corrected HLC は []内を追加して意味が通るようにしました。つまり怒りの生じる条件として「あなたの攻撃(your attack)が正当化されないとき」を「あなたを攻撃する人(your attacker)が正当化されないとき」として、以下のようにしました。ただしヘレンのノートがこの時点では利用できなかったので推測の立場を越えることができませんでした。

Anger cannot occur unless you believe that you have been attacked, that your attack[er] was [un]justified, and that YOU are in no way responsible.

Annotated HLC ではヘレンのノートを参照して問題点がより明確になっており、注で問題の部分がたどってきた変遷の過程が示されています。

Notes: the attack was unjust,
Ur: the attack was JUSTIFIED,
HLC: that your attack was justified;
FIP: that your attack is justified in return,

もともと攻撃に対して怒りが生起する条件についての話が、ノートからUrtext の段階で unjust が JUSTIFIED に、Urtext から HLC の段階で the attack が that your attack になり、ここで曖昧さが入り込んでしまいました。your attack 「あなたの攻撃」では攻撃の主体は「あなた」であると読めてしまいます。最後の段階でそれを明確にするために in return が追加され、攻撃の主体が you で、攻撃とは反撃のことになってしまいました。このように混乱の生じた経過が明らかになったので、Annotated HLC では、相手の攻撃であるのか、それともそれに対する自分の攻撃(反撃)であるのか、曖昧さの原因となった your attack を the attack に戻し、justified は (un)justified にして、論理的に一番整合性のあるノートに近づけて以下のように校訂されました。

Anger cannot occur unless you believe that you have been attacked, that the attack(er) was (un)justified, and that YOU are in no way responsible.

ヘレンの速記ノートを利用することによって一歩前進したと言えるでしょう。